我々(BOLSTER株式会社)は、皆さんへ親孝行のきっかけと、親孝行を手軽に行うための仕組みを提供しています。今回は、福岡県在住 30代女姓から、「大切な人を亡くして気付いた、それ以上の私の大切なこと」が届きましたので是非ご覧ください。

 

私が小さい頃から女手一つで育ててくれた母だけど…

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私の父は、私が小学3年生の時にで病気で亡くなりました。
そのときから、母は女手一つで私を育ててくれ、私はいつも祖母と一緒に遊んでいました。母は一生懸命働く反面、お酒を飲んではトラブルを起こしていました。私はそんな母が恥ずかしく、いつも惨めに思っていました。
今考えると、小学校高学年から社会人になるまで私は母と、親孝行はおろか、ろくに会話をしたことがありませんでした。

そんな母が乳がんに

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社会人になった私は、母親と一緒に暮らすことが窮屈に感じていたので、県外就職をして、すぐに一人暮らしを始めました。初めての一人暮らしは、とても楽しいものでしたが、やはり母親のことを考えないときはありませんでした。
そんな時に母と暮らしている祖母から急に電話が入り、「お母さん、ガンが見つかったよ」と告げられました。
会社に早退を告げ、我を忘れて急いで実家に帰ったことを覚えています。
幸い、早期発見の乳がんでしたので、無事に手術が終わり、転移も見られなかったです。母も「帰ってきてたの?」と、私の心配をよそに、けろっとしていました。

母の最愛の祖母が亡くなる

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母の乳がんの手術も終わり、やっと家族で一息ついたときに、祖母が緊急入院となりました。
そのまま、あれよあれよという間に、祖母は逝ってしまいました。母の乳がんの手術が終わったので、自宅に帰った矢先の出来事でした。
再び、急いで実家に戻ると、そこには今までみたことのない母の後ろ姿がありました。
母と祖母はいつも喧嘩ばかりしていましたが、一緒に旅行に行くなどして、とても仲が良かったです。その最愛の母を亡くした母は、遺影を眺めてはただただ涙を流しているだけでした。
私は、なんと言葉をかけていいかわかりませんでした。葬儀は早々に終わり、私はまた県外の自宅へと、母を残して帰りました。私はその日、どうしても母の後ろ姿が目に焼き付いて離れませんでした。

私と母をつなぎとめてくれたのは、小さな命

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祖母が他界して半年を過ぎたころでしょうか。私のお腹の中に、小さな命を授かりました。
私は、それを機に母と暮らすことを決心しました。
会社に転勤を何度もお願いし、転勤が決まり、婚約していた彼にも頭を下げ、母に内緒で突然帰宅をしました。
その時の母の顔は忘れられません。嬉しいような、ほっとしたような、そんな顔でした。
それから子供が産まれ、母は毎日、孫と一緒に生き生きと過ごしています。
何より、両親のいない旦那に、「二人目の母ができたみたいで、僕もうれしい」と言われ、母も「息子がいなかったから、私もうれしい」とお互いに感謝の言葉を掛け合っていました。
そのとき、こんな私でも、やっと親孝行ができたと思い、初めて心の底から母に感謝することができました。

<福岡県在住 30代女姓 ペンネーム ふーたママ>

 

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